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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)49号 判決

原告

エクソン・リサーチ・アンド・エンジニアリング・カンパニー

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和六一年審判第758号事件について昭和六一年一〇月二三日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二請求の原因

一  原告は、発明の名所を「エラストマー性熱可塑性物」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、一九七五年(昭和五〇年)八月一三日アメリカ合衆国にした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和五一年八月一三日、特許出願(同年第九六九三一号)をした。右出願は、昭和五九年四月三日、出願公告されたが、昭和六〇年七月三〇日、拒絶査定を受けたので、原告はこれに対し、昭和六一年一月一三日、審判の請求をした。特許庁は、これを同年審判第七五八号事件として審理した結果、同年一〇月二三日「本件審判請求は、成り立たない。」旨の審決をなし、その謄本は同年一二月三日原告に送達された

(なお、出訴期間として九〇日が附加された)。

二  本願発明の要旨

(a)  エチレンとその他の少なくとも一種のC3乃至C10の高級α-オレフインとのコポリマー、叉はエチレンとその他の少くとも一種のC3乃至C10の高級α-オレフインとC5乃至C14の非共役ジオレフインとのターポリマーを約八五乃至三〇重量部(以下「本願発明の(a)部分」という。)

(b)  C2乃至C8の結晶性ポリオレフインを約一五乃至七〇重量部(以下「本願発明の(b)成分」という。)

(c)  ナフテン系及びパラフイン系のオイルからなる群から選択された炭化水素オイルを一〇〇部のコポリマー及び/又はターポリマーに対して約五乃至一〇〇部(以下「本願発明の(c)成分」という。)、及び

(d)  増強性の高い低構造のカーボンブラツクを、一〇〇部のコポリマー及び~又はターポリマーに対して約一〇乃至一二〇部(以下「本願発明の(d)成分」という。)を含むエラストマー性熱可塑性物

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は前項記載のとおり(特許請求の範囲第一番目の記載に同じ。)である。

2  これに対して、原審の拒絶理由である特許異議の決定の理由の概要は、「本願発明は、その出願の日前の出願であつて、その出願公開された特願昭五一-八七一一七号の願書に最初に添付された明細書(特開昭五二-一三五四一号公報、以下「引用例」という。)に記載された発明と同一であるから、特許法二九条の二の規定により特許を受けることができない」というにある。

3  引用例には、約二五~九五重量%熱可塑性ポリオレフイン樹脂と約七五~五重量%のモノオレフイン共重合体ゴムとのブレンドに対して、該ゴム一〇〇重量部当り三〇~二五〇重量部のエクステンダー油と約四〇~二五〇重量部のカーボンブラツクとを添加した、熱可塑性エラストマー組成物が記載されており(とくに一〇頁右上欄)、しかも、熱可塑性ポリオレフイン樹脂として結晶性ポリオレフインを(九頁右上欄)、モノオレフイン共重合体ゴムとして、ターポリマーEPMゴムEPDMゴムを(八頁右下欄中断~九頁右上欄上段)、エクステンダー油としてナフテン系、又はパラフイン系油を(一〇頁左上欄)、カーボンブラツクとして、例えばN-三二七を(一二頁左上欄下段)用いることがそれぞさ示されており、かつ、一〇頁以降の実施例(とくに、表Ⅰのストツク番号、1、3、6、10、一四頁の左上欄、表Ⅱのストツク番号29、表Ⅳのストツク番号31、表Ⅴのストツク番号36、表Ⅵのストツク番号39、41)には、加硫剤系を加えない未加硫の組成物例も示されている。

4  そして、本願発明と前記引用例の記載内容とを比較すると、引用例において、熱可塑性エラストマー組成物に配合されるカーボンブラックとして実施例で具体的に例示のN-三二七とは、昭和四六年一一月二五日(株)図書出版社発行カーボンブラック協会編「カーボンブラック便覧」四二〇~四二一頁によると、本願発明で規定する増強性の高い低構造のカーボンブラックの代表例として明細書に示されているHAF-LSであることが明らかであるから、両者とも同一の配合成分を共通した配合割合で含む未加硫の熱可塑性エラストマー組成物の点で一致し、他に技術構成上相違していない。

5  してみると、本願発明は前記引用例に記載された発明と同一であると認められるから、本願発明を特許法二九条の二の規定により特許を受けることができないとした原審の判断は正当である。

四  審決を取り消すべき事由

審決理由の要点1ないし3は認める。同4のうち、「両者とも同一の配合成分を共通した配合割合で含む未加硫の熱可塑性エラストマー組成物の点で一致し、他に技術構成上相違していない。との認定部分は争い、その余は認める。同5は争う。

審決は、引用例記載の発明と本願発明が異なるにもかかわらず、これを同一であると判断した違法がある。

1  審決が摘示した引用例の実施例は、いずれも未加硫物で、本願発明の(a)成分及び(b)成分を含んでいるが、(c)成分及び(d)成分は含んでいない。したがつて、右未加硫物は本願発明のエラストマー性熱可塑性物とは異なる。

2(一)被告が主張するように、ストツク番号14、17の熱可塑性エラストマー組成物を調整する前段階において、これに対応した本願発明のエラストマー性熱可塑性物に相当する未加硫組成物が調整されていたことは争わないことは争わないが、右組成物は、最終生成物たる加硫物を生成するための中間物質に過ぎない。また、右未加硫組成物の物性評価として言及された引張り強度については、最終生成物たる加硫物に対して六〇kg/cm2以上劣るという趣旨が示されているだけで、その具体的数値は不明である。したがつて、被告が引用例から指摘した説明中の物性評価ではあまりにも漠然としており、かような漠然とした記述によつて右未加硫組成物(中間物質)が発明として別個に評価されていたとは認めることはできない。

(二)特許法二九条の二の「記載された発明」というためには、出願当初の記載のまま分割に係る出願の対象としたとしても出願日の利益を享受することができる程度に、その明細書または図面において充分に技術内容が開示されていなければならない。更に、本願発明のような化学的発明にあつては、発明が解決した技術的課題が明示されるとともに、組成物それ自体及びその使用概念が明確に示された完成発明であることが必要である。

ところが、引用例には、ストツク番号14、17に対応する未加硫組成物についてはその解決した技術的課題、使用概念、発明の構成に至る過程が示されておらず、右未加硫組成物は発明として記載されていないことが明らかである。

なお、エラストマー組成物は、ゴムの他にいかなる成分を組合せるか、いかなる割合で配合するか、あるいはいかなる順序で各構成要素を混合するか等によつて、得られる組成物の物性値も非常に異なつてくることは周知のことであり、本願発明に対応する未加硫組成物が引用例中に記載されているといえるためには、適切なる構成要素を選択し、適切なる配合割合を種々考えた上、実験して物性値を測定し、望ましい組合せ、配合割合を検証するプロセスが記載されていなければならないから、被告の指摘する引用例中の抽象的記載をもつてしては、分割出願の対象となり得るほどの発明が記載ささているとはいえない。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。同四のうち、1は認め、2は争う。

二  引用例には、次の理由から、本願発明に係るエラストマー性熱可塑性物と同一の配合成分を共通した配合割合で含む未加硫組成物が記載されていると解するのが相当である。

1  引用例一二加硫物左上一〇ないし一六行には、「カーボンブラツク及びエクステンダー油を含有する熱可塑性加硫物が表Ⅱに説明されている。成分及び方法は表Ⅰのストツク2-11と同一であるが、ただしカーボンブラツク(〒-三二七)およびパラフインエクステンダー油はポリプロピレン添加の前にゴムと混合された。」と記載されており、一方、引用例一〇加硫物左下欄一四行ないし右下欄九行に、「本発明を説明するために・・・・・・そして混合は加硫開始前に実質的に完了させるべきである。」と記載されているところからみて、表Ⅱのストツク番号14、17の熱可塑性加硫物を調整する前段階において、本願発明のエラストマー性熱可塑性物に相当する未加硫組成物が調整されていたことは明らかである。

更に、引用例一二加硫物右欄一一ないし一三行には、「すべての加硫物の引張り強度は、未加硫プレンドの引張り強度を六〇kg/cm2だけ容易に凌駕する。」と記載されており、右記載によると、加硫物と未加硫組成物の引張り強度の相違が具体的数値をもつて示されているのであるから、未加硫組成物は、単に中間体としてその目的組成物である加硫物との関係においてのみ分離不可能に存在するものではなく、引用例においては、加硫物とは別個に、未加硫も組成物として調整されていることは明らかであり、引用例には表Ⅱの加硫物と同一成分の未加硫組成物が開示されているといえる。

2  特許権の取得を目的とした発明は明細書にその目的とよび作用効果の記載を必要とするが、特許法二九条の二の「記載された発明」は、特許権の取得を必ずしも目的としたものではないから、その目的及び作用効果について明記のある発明に限定されるものではなく、発明の構成の記載によつて特定の技術思想が開示されていれば足りるものと解すべきである。

引用例の特許請求の範囲に記載された発明は加硫物ではあるが、同引用例の明細書いには加硫物に対し未加硫物が比較例として対比されて記載されており、右記載からして、引用例の加硫物及び未加硫物が同じ目的に使用されることを指すものであり、引用例の未加硫組成物が本願発明のものと同じ目的に使用されるものであることは、当業者であれば直ちに理解できるところである。したがつて、引用例において、未加硫物の目的は開示されているといえる。

なお、熱可塑性エラストマーは、加硫ダムは熱加硫物を失い加工性が悪くなるため、ゴム弾性を有しながら加熱しても可塑性を失わず加工しやすい物質として開発されたのもので未加硫物から出発したものであり、この様な技術背景を考慮すれば、前記の「すべての加硫物の引張り強度は、未加硫ブレンドの引張り強度を六〇kg/cm2だけ容易に凌駕する。」との記載の意味は明白であり、引用例において権利の対象としていない比較例においては具体的数値を示す必要がなかつただけであり、その具体的数値が不明であるという理由だけで未加硫組成物が記載されていないとはいえない。右のような技術背景の下に、六〇kg/cm2以上という具体性をもつた評価がなされている以上、未加硫組成物は、特許法二九条の二にいう発明として、引用例に記載されているということができる。

以上のとおりであるから、本願発明は引用例に記載された発明と同一であり、本願発明は特許法二九条の二の規定により特許を受けることができないとした審決の認定に誤りはない。

第四証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二  本願発明について

成立に争いのない甲第四号証(特公昭五九-一四〇六五号本件特許公報)によれば、本願発明は次のようなものであることが認められる。

1  本願発明は未加硫のエラストマー性熱可塑性物に関するものである。

エラストマー性熱可塑性物は公知であつて、この組成物のブレンドは、自動車の装飾品及び構造部品のような金型成型品または押出成型品の製造に使用するものであるが、金型成型及び押出成型を目的とするエラストマー性熱可塑性物は、加工するのに十分なメルトフロー性を与えるために一般に低分子量物質に限定される。これは重合により直接または加工中に高分子量物質を切断することにより、間接的に得ることができるものである。

本願発明は、炭化水素オイルのような可塑剤を配合することにより、ポリマーを切断することなく高分子量のエラストマー性物質を使用可能とするものであるところ、増強性が高く、凝集構造の低いカーボンブラツクを使用することにより得られるブレンドの加工性及び機械的性質が改良されたものである。

2  本願発明は、次のような効果を奏する。

(一)以前エラストマー性熱可塑性物の満足な加工挙動を得るためには粘度に限界があつたが、この限界を除去したこと、かくして自動車部品の外部表面のような種々の製品に必要な構造上の性質を有する高分子量のEPコポリマー及び/又はターポリマーの使用を可能にした。

(二)粘度を調整する手段として、ポリマーの切断のかわりにオイルを使用することで、経済上の利点が与えられた。

(三)結晶ポリオレフイン及び/又はターポリマーとオイルとを使用すると、使用されるカーボンブラツクの種類に関係なく反発弾性が改良され伸展性が著しく強化されるなど物理的性質の改良された製品が得られる。

三  取消事由に対する判断

1  特許法二九条の二は、同法三九条により認められた先端者の保護の制度を拡大し、特許出願後出願公告又は出願公開されたもの最初に添付された明細書又は図面(当初明細書)に記載された発明について、その出願人に先願者としての地位を認め、後に出願されたこれと同一の発明は特許を受けることができないことを定めたものである。かように、当初明細書の発明の記載が後願を拒絶する理由となる以上、その記載内容は、特定の技術的事項について具体的な技術的思想を示し、補正又は分割をした場合に、それを特許請求の範囲に記載することができる事項に関するものであることが必要であり、当該出願に係る発明の新規性、進歩性を示すための説明資料又は比較資料とされた従来技術、他の実験前、発明の生成過程における中間物質等の記載は、同法条の二により後願を拒絶できる発明と認めることはできない。かかる観点から、引用例に本願発明に係る「未加硫のエラストマー性熱可塑性物」が記載されているか否かについて、検討する。

2  引用例記載の発明の内容及びその実施例が 審決摘示のとおりであることは当事者間に争いがない。しかし、その実施例は、いずれも未加硫で、本願発明の(a)及び(b)成分は含むが、(c)及び(d)成分を含まず本願発明の未加硫物とは配合成分の異なるものであることについては、当事者間に争いのないところであるから、右実施例の記載をもつて、本願発明の未加硫のエラストマー性熱可塑性物の開示とみるとこができないことは明らかである。

3  そこで、進んで引用例の記載について、更に検討すると、成立に争いのない甲第五号証(特開昭五二-一三五四一号公報。なお、同号証及び成立に争いのない甲第三号証によれば、右甲第五号証は特願昭五一-八七一一七号の願書に最初に添付された明細書と同一の内容である。)によれば、引用例には次のような記載があることが認められる。

(一)本発明は、ポリオレフイン樹脂および完全に硬化されたモノオレフイン共重合体ゴムのブレンドを包含する熱可塑性組成物、特にエラストマー性熱可塑性組成物に関する(五頁左上欄三ないし六行)。

(二)部分硬化は、生成物の強度を増大させる可能性があるけれども引張り強度は、非常に低くてこれら物質の潜在的用途に限界を生ずる。本発明は非常に増大された強度を有するが、しかしそれにもかかわらず熱可塑性である加硫物を提供するものである。

本発明によれば、ゴムが完全に硬化されているが、しかしそれにもかかわらずそのブレンドが熱可塑性物として加工可能であり、そしてこれまで知られている未硬化であるかまたは部分硬化されたブレンドに比べて改善された物理的性質を有することを特徴とするポリオレフイン樹脂とモノオレフイン共重合体ゴムとのブレンドからなる組成物が発見された。ゴムが硬化せしめられているそのようブレンドは本明細書では「加硫物」と呼ばれている(五頁左下欄ないし一六行)。

(三)本発明による熱可塑性エラストマーは、(a)二五~七五重量%の熱可塑性ポリオレフイン樹脂(本願発明の(b)成分に相当する。)および(b)七五~二五重量%のモノオレフイン共重合体ゴム(本願発明の(a)成分に相当する。)のブレンドからなる組成物の充分に硬化された加硫物である(五頁右下欄九ないし一三行)。

(四)カーボンブラツク(本願発明の(d)成分に相当する。)、エクステンダー油(本願発明の(c)成分に相当する。)または両者を好ましくは動的加硫の前に加えることが特に推奨される。カーボンブラツクは引張り強度を改善し、そしてエクステンダー油は熱可塑性加硫物の膨潤抵抗性,熱安定性、ヒステリシス、コストおよび永久伸びを改善し得る(一〇頁左上欄一ないし七行)。

(五)典型的にはオレフインゴムとポリオレフイン樹脂のブレンド一〇〇重量部当たり五~三〇〇重量部のエクステンダー油を加える。一般には、ブレンド中に存在するゴム一〇〇重量部当たり三〇~二五〇重量部のエクステンダー油を加える(一〇頁左上欄末行ないし右上欄五行)。

(六)本発明の熱可塑性エラストマー状加硫物は、種々の物品、例えば、タイヤ、ホース、ベルト、ガスケツト、モールドおよび鋳型物品の製造に有用である(一〇頁左下欄一行ないし四行)。

以上の記載によれば、引用例に記載の発明は、エラストマー性熱可塑性物に関するものであるが、該組成物は、エクステンダー油及びカーボンブラツクを含有しているものではあるが、主成分であるオレフイン共重合合体ゴム及び熱可塑性ポリオレフイン樹脂における該オレフイン共重合体ゴムは加硫されているもきであり、未加硫のエラストマー性熱可塑性組成物についての開示はないものと解するのが相当である。また、その有用性について、引用例に記載のものは、加硫されたエラストマー性熱可塑性物の用途である例えばタイヤ、ホース、ベルト、ガスケツトなどの物品の製造に用いるものであるのに対し、本願発明は、未加硫のエラストマー性熱可塑性物の用途である。例えば自動車の装飾品及び構造部品のような金型成型品または押出成型品の製造に使用するというように異なるものであり、これは、加硫物及び未加硫物としてそれぞれの有する物理的性質の異なることによるものであつて、この点からも引用例には未加硫のエラストマー性熱可塑性物についての開示はないものということができる。

四(一)被告は、引用例には表Ⅱの加硫物と同一成分の未加硫組成物が本願発明に係るエラストマー性熱可塑性物に相当するものとして開示されていると主張する。引用例表Ⅱのストツク番号14、17の熱可塑性加硫物を調整する前段階において、本願発明の未加硫組成物であるエラストマー性熱可塑性物に相当する未加硫組成物が調整されていたことについては、当事者間に争いがない(なお、前掲甲第五号証によれば、引用例一二頁左上欄一〇ないし一六行に、「カーボンブラツク及びエクステンダー油を含有する熱可塑性加硫物が表Ⅱに説明されている。成分及び方法は表Ⅰのストツク2-11と同一であるが、ただし、カーボンブラツク(N-三二七)およびパラフインエクステンダー油はポリプロビレン添加の前にゴムと混合された。」と記載され、一方、引用例一〇頁右下欄八行ないし九行に、「・・・・・・混合は加硫開始前に実質的に完了させるべきである。」と記載されていることが認められる。)しかしながら、前掲甲第五号証によれば、表Ⅱの実施例は、カーボンブラツク及びエクステンダー油を含有するもの熱可塑性加硫物におけるこれらの含有の有無あるいは含有量の相違により得られる加硫物の物性を示すためのものであり、それは、多量のエクステンダー油を含有する加硫物でさえもかなりの引張り強度を有していることを示すなど、加硫物の物性が未加硫物、部分硬化加硫物よりも優れていることを示す以上のものではないことが認められる。また、前掲甲第五号証によれば、引用例には「すべての加硫物の引張り強度は、未加硫ブレンドの引張り強度を六〇kg/cm2だけ容易に凌駕する。」との記載(一二頁右欄一一行ないし一三行)があることが認められるが、右記載は、未加硫組成物が引用例記載の発明である加硫物の対照物として位置付けられ、加硫物の強度の優位性が示されているのみで、未加硫物の性質について具体的な事項を示すものとは認められない。以上によれば、引用例には、本願発明に係るエラストマー性熱可塑性物に相当する未加硫組成物に関する記述があるが、それは引用例記載の加硫物が生成される過程における中間物質にすぎず、しかも右加硫物が優れた物性を有することを示す比較資料として記述されているにとどまり、右未加硫組成物に関し発明と目すべき技術的思想の開示を引用例中に見出すことはできない。

(二)被告は、引用例において未加硫物が比較例として対比されていることは加硫物及び未加硫物が共に同じ目的に使用されることは加硫物及び未加硫物が共に同じ目的に使用されることを指すものと解されることからも、未加硫物の目的が開示されているといえる旨主張する。しかしながら、加硫物及び未加硫物のいずれもエラストマー性熱可塑性物である点では同じ範疇のものといえるが、前掲甲第五号証によるも引用例における実施例としての未加硫物は、引用例記載の発明の目的である加硫物組成物の物理的性質の改善、殊に、強度の改善の達成を立証するための比較例として存する以上のものとは解することはできないから、そこには未加硫物に当たる本願発明のようなエラストマー性熱可塑性物に対し加工するのに十分なメルトフロー性を付与するという本願発明の目的が開示されているものとみることはできず、この点に関する被告の主張は失当である。

また、被告は、熱可塑性エラストマーの技術背景を根拠に、六〇kg/cm2以上という具体性をもつた評価がなされている以上、未加硫組成物は特許法二九条の二にいう発明として引用例に記載されている旨主張するが、既に判示したとおり、引用例は、加硫物の引張り強度がその加硫前の未加硫物に比して高いことを示すための対照物として未加硫物を認識しているに過ぎないのであつて、六〇kg/cm2以上という具体性をもつた評価がなされているのは加硫物についてであり、未加硫物についての評価とは認められないから、右被告の主張も理由がない。

5 以上のとおりであるから、審決は、引用例記載の発明内容には本願発明と同一の配合成分を共通した配合割合で含む未加硫の熱可塑性エラストマー組成物が記載されていないにもかかわらず、これを誤認して、本願発明と引用例記載の発明とが同一であると判断したものであるから、違法として取消しを免れない。

四  よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋吉稔弘 裁判官 西田美昭 裁判官 木下順太郎)

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